企業を理解するということ?

本題に入る前にお知らせがあります。

本ブログでハーバードの様子をご執筆いただきました藤村さんが、今度の衆院選で日本維新の会から出馬することになりました。選挙区はご出身の松山に近い高知1区です。

http://mytown.asahi.com/kochi/news.php?k_id=40000001211220002

藤村さんは有能なコンサルタントであると同時に日本を背負って立つエリートの教育に熱い思いを持つ行動の人です。我々の取り組みにもご賛同いただき、本ブログも無償でご執筆いただいておりました。陰ながら応援したいと思っております。

 

企業を理解するということ?

前回は経産省の平成21年度就職支援体制調査をもとに、採用側と大学生が同じ言葉を使いながら認識のズレを見てきました。

企業で必要とされる能力については企業と学生の間で大きな認識の差はないように見えるのですが、それは「言葉」のレベルでのことで、内容に対する認識は一致していません。
たとえば、「粘り強さ」や「チームワーク力」に関しては企業も学生もその重要性を認識していますが、それが身についているかどうかとなると、企業と学生では著しい認知の差が出てきます。

たとえば、「チームワーク力」は身に付いていると認識している学生が12.8に対して、企業側は2.4%しか身に付いているとは見ていませんし、「粘り強さ」に至っては学生の16.8%が身に付いていると思っているのに対して、企業側はわずか0.8%しか身に付いているとは見ていません。

「粘り強さ」や「チームワーク力」は日常用語ですし能力の中では具体的にイメージしやすい方ではないでしょうか。たとえば独創性とか主体性となると、何を意味するのか人によって違うかもしれませんが、「粘り強さ」は、ほとんどの人にとって同じイメージだと思います。「容易に諦めないこと」、「妥協しない」「切れない」「投げ出さない」といった場面が浮かぶと思います。

にもかかわらず、20倍もの差が出るということは、想定シーンや、基準が違うのです。
企業の人は仕事の場面を想定しますが、学生はゼミやサークルやアルバイトを想定すると思います。つまり、頭の中にある想定場面が相当違うのです。同時にどの程度が「粘り強い」というのか基準も違ってきます。

「チームワーク力」も同様に、スポーツのチームやゼミを思い出して身に付いていると思うかもしれませんが、その「チーム」の想定には親子ほど年の違う人はいませんし、経済学部のゼミに理学部の学生はいません。経験が違うのだからイメージするものが違って当然なのです。

これがコミュニケーションの難しいところで、言葉は通じても考えていることは全く違うということは珍しくありません。たとえば「リンゴ」というような一般的なものでさえ、イメージする実態が完全に一致しているわけではありません。まして、片方が未経験という状況ではそもそもコミュニケーションが難しくて当たり前なのです。

 

さて、問題はだから企業と学生のこの溝をどうするかです。

お互い相手を理解するために努力するのは当然です。双方とも判断を間違えば大変ですから、企業は学生を、学生は企業を理解しようと努力します。それでも理解するのが難しいというコミュニケーションの限界があるわけです。

私が個人的に危惧しているのは、わかり合えないということではなく、理解できないものを無理に理解しようとしているのではないかというところです。

たとえば学生は企業研究をします。自分が何に向いているか自己分析をします。どちらも必要ですが、どちらも完全にはできません。だから、誤解を恐れずに言えば、それほど深く、丹念にやる必要はないと思います。

それは時間の無駄であるばかりでなく、労力を掛けたために分かったと思い込む危険さえあります。

あるとき学生に「どうすれば企業の実態が分かりますか」と質問されました。就職先の企業を選ぶわけですからごく当たり前の関心ですが、答えは簡単ではありません。

「実態って何が知りたいの」「どんな仕事をするのかとか・・・」

いたって当たり前の疑問ですが、どう答えて良いか難しい質問です。私はこう答えました。

「君が入社すれば『ほんとうはこんな会社だったのか』と実感すると思う。しかしそれは実は『会社』ではなく『職場』なんだ。そして、その職場の印象は職場の長やスグ上の先輩など数人の人によって決ってしまう。繁忙期と閑散期でもやり方は違うし、1年して上司が替ったら全く雰囲気が変ったりする。3年経って自分が地方の支店から本社にでも転勤したら同じ会社とは思えないほど違う。だから会社の実態がわかるのに入社して数年かかる。それを入社前に理解するのは難しいと思うよ。」

一応「分かるのに数年」と言いましたが、本当は永久に分かりません。部下を持つとまた見方が変り、大きなプロジェクトを任されたり、逆に失敗して左遷されたりすれば、それまで見えなかった会社の一面が見えてきます。そうするうちに会社も変っていきます。つまり、「どんな会社か」といっても、これで全て分かったということはあり得ないのです。

自己分析も同様です。職業経験のない段階で何が適職か分かる人は極めて希で、スポーツ選手とかミュージシャンとか棋士とか、若くして才能が開花する職業以外はほとんど好き嫌いの世界です。

もちろん好きかどうかは職業を選ぶ上で重要な要素の一つには違いありませんが、好きでも適性があるとは限りません。

その上、ほとんどの仕事はやったことがないのですから好きも嫌いもありません。

よく分からない企業を分析し、よく分からない自分を分析し、適職はこれだ!と判ったつもりになることがむしろ危険だと思います。

「企業全体は分からないけど、ここに魅力を感じた。」で十分ですし、自分自身は「何が得意で何が苦手か、何が好きで何が嫌いか」くらいが漠然と分かれば十分ではないでしょうか。

その上で、実際はよく分かっていないということが分かっていれば、好奇心は尽きないし、リアリティショックも起きないでしょう。

それは、職業選択のやり方としては危険に思うかもしれませんが、そもそもいくら厳密に選択しても安全策にはなりません。安全策とは、就職後にも選択肢を持つことです。

 

ブログ執筆者執筆者:堀口 卓志

(株)ドラゴン・ラボラトリーズ代表。
なんのこれしき仕掛人。

 

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