無関心の罪

2011年の日本は100年後にも3.11の大震災によって記憶されているでしょう。不幸な出来事ではありましたが、明治維新や敗戦が一つの節目となり大きく飛躍できたように、ここがバブル崩壊後の長期低落から再出発の起点になればと思っています。

もちろん、ただ思っているだけでは何も変りません。これまでどうであったかを総括した上で、だからどうしなければならないかを考えてみました。

重要な事で分ってはいるけれど真剣に考えていないことがあります。たとえば死です。いつか死ぬことは確実ですし、明日死ぬかもしれないわけですが、さて具体的にどうするかとなると生命保険に入っているぐらいで後は何も考えていません。


 
一千兆円の国の借金、そして福島の原発。これらも同様にぼんやり分っていても何もしてこなかったという意味では私にとっては「死」と似た状況にあります。

私が選挙権を持った37年前の公債残高は国と地方を合わせても20兆円にすぎませんでした。それが現在は一千兆円に迫ろうとしています。その間私は選挙権どころか被選挙権だってありました。納税者でもあり、なによりも国民としてその恩恵も受けてきたのですが、分ってはいても無関心でした。

Wikipedia:国債の推移(1982年4月以降)。赤が内国債、黄色が短期証券、青が借入金、水色が一時借入金

Wikipedia:国債の推移(1982年4月以降)。赤が内国債、黄色が短期証券、青が借入金、水色が一時借入金

そして原発もそうです。原子力は専門家しか分らないものだと決めつけていました。日本の技術は素晴らしいのだから、その優れた専門家が絶対安全だと言うのだから大丈夫だろうと思っていました。たとえば原子力は「トイレのないマンション」といわれていましたが、いつか「もんじゅ」が解決するのだろうと、自分では何も確かめずに思い込んでいました。少し関心を持って調べれば、いくら素人でも、おかしいぞ!と気づく事は沢山あったはずなのに。政治にも原子力にも無関心ということは、つまり無責任でした。

 
そしてもうひとつ。専門家と言われる人たちに疑問を感じました。たとえば原子力安全・保安院のみなさんは何を考えどうしておられたのでしょうか。あるいは小出 裕章さんをはじめ原発反対派の皆さんはもっとご自身の考えを広く社会に発信できなかったのでしょうか。地震学者もずいぶん論調が変わり、学説さえ見直されるようですが、それではいったい今まではなんだったのかと思います。我々一般人にだって無関心の責任はありますが、専門家の責任はその比ではないはずです。

たぶんそれぞれの分野の多くの専門家の方々は、自分の良識にしたがってできる限りのことをやっていたのだと思います。しかし、それでは足りなかった。今思えば、もっとやるべき事、やれることがあったのではないでしょうか。

 
これは他人事ではありません。今回は大地震ですから、たまたま原子力や地震の専門家がやり玉にあがったわけですが、世の中で上手くいっていないこと、悲惨なことはこれだけではありません。誰だって専門分野はあるはずですから、その専門家、あるいはプロは、担当する仕事の直接的責任だけではなく、社会的責任があるのではないかと遅まきながら思い至った次第です。

 
たとえば大卒で正社員として就職できない人が年間10万人います。100社落とされるのは珍しくもないという中で、2009年から2010年の一年間に大学生の就活自殺が2倍に急増しています。彼らは(もちろん彼ら自身の意思とは無関係に)ゆとり教育を受けてきた世代でもあります。

 
私はわずかですが大学でも教えており、その第1期生が今、正に就活中です。ゼミを担当したり、直接的に就活の指導をしているわけではありませんが、それでもこの件は一般人としてではなく専門家としての社会的責任があるのだと思います。それが何か、どうすればいいのかまだよくわかりませんが、自分がなすべきことは何か再考してみようと考えています。
なにぶん非力ですからどんな事ができるか分りませんが、放置、傍観、評論ではなく、できることはやります。

世界でご活躍のなんのこれしき執筆陣同様、私も手探りで挑戦中です。

 

ブログ執筆者執筆者:堀口 卓志

(株)ドラゴン・ラボラトリーズ代表。
なんのこれしき仕掛人。

 

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