20代の社会人と髪の色

こんにちは。Alexです。

alex_23_001 シンガポール生活も7年目に入り、私もずいぶんシンガポール訛りの英語が体に染みついてきました。しかし、どれだけ現地に馴染んでも、シンガポールで良く耳にするチャカチャカとした話し方が、どうにも苦手なAlex。

クン・リュー(乳児)が、こんな話し方をする大人になったら、どうしよう・・・。

「アー、ウー」しか音を出さない乳児を目の前に、面白がって聞いて真似していたシングリッシュが、面白く思えなくなってきた。問題は、英語ではなく、話し方ような気もする。子が生まれ環境が変わったせいか、最近は物の見方、考え方が変わってきたのかもしれない。

 

さて、先日、興味深い集まりがありました。
日本に留学経験があり、今はシンガポールの日本企業で働く20代後半の人たちとお茶をしました。出身地は、インドネシア、ベトナム、マレーシア、メキシコ。 今でも日系企業で働いて、日本との縁を持っている人たちもおり、この日は少しの日本語と日本の感性も交えた、マルチナショナルな若者とAlexという、不思議な集まり。

とはいえ、シンガポールでは、Alexを含めて全員が外国人ですから、シンガポールの生活で驚いたことや、それぞれの暮らしぶり、日本とあれが違うこれが違う、僕の国では云々・・・・・・と、ありがちで、とりとめのない話題で流れていき、打ち解けてくると、至極当然のようにそれぞれの職場の話に触れ始めた。

その中の一人は、日本の一流企業に勤めるベトナム人の男性だった。「実は、先週、日本人の上司にフィードバックされたことで、受け入れがたいことがあった」と言う。最初はポツリポツリ、そして次第に声を荒げて、熱くなって彼の中の大事件を語る。
聞けば、髪のカラーリングをして出社したところ、日本人上司に個室に呼ばれ、即帰宅させられたらしい。要は、色が明るすぎるので、「週末に染め直して来い」と言われたらしい。 「髪の色は個性だ。帰宅を命ぜられるとは、俺の面目丸つぶれ。受け入れがたい。」 という話をする彼は、人としての尊厳を傷つけられた勢いで、しごく当たり前のことのように語る。そんな彼は、入社2か月目。無関係なAlexにまで、「これが日本人のやり方か!」と矛先を向ける。

 

う~ん・・・・・

 

そういえば、髪の色やら、爪の色とか、持ち物とか、週末の過ごし方とか、上司に指摘された何かをとりあげて「これは個性だ」、と息巻いた頃もあったような気がするな~。 20年くらい前の出来事ですが。でも、アラフォーのAlexには、彼の怒りのポイントがどうでも良いほど小さなことであり、むしろ、懐かしいような気持ちで眺めてしまった。
「あなたのアイデンティティーは、髪の色ですか?」と聞きたいけれど、子供はわけがわからず、これが自分らしさだと信じているから、言ったところで伝わらないだろう。いずれにせよ、Alex自身がこれくらいの年齢の頃は、そういうアホな子供だったから、言ってもしゃあない・・・ということはわかる。 だから、「ああ、そうなの、大変だね~」と、表向きに相槌を打ち、正直、あんまり聞いていなかった。

私が上司でも、こんなアホはいらんわ~ と思いながら、彼の怒りに任せたトークをそのままにしておく。「髪の色は直してやる。こんな辱めを受けるのであれば、この会社を辞めてやる。でも、それは今じゃない。俺は大人だから、しばらく我慢してやる」と、鼻息が荒い。

1時間くらい経っただろうか?彼がひとしきり不満を口にして、疲れてきた頃にAlexは口をひらいた。

「でもさ・・・・あなたが会社にとって、どうでもいい程度人だったら、上司はあなたのことを放っておくと思うよ?話を聞いていると、あなたは会社にとって重要な人だからこそ、上司はわざわざ入社2か月目のあなたのために時間をとって、あなたのメンツを守るために、人目に触れない個室の中で注意したんじゃないの?私には、その上司があなたに期待しているような気がするよ。」

当のご本人は、えっ!?と頬を赤らめて、チラリ、まんざらでもなさそうな表情を見せた。

一緒にいたインドネシア人の子も、そうだそうだ、と相槌を打つ。
こんなことは些細なことだ、髪の色なんてどうだっていいだろう、要は君の仕事の能力で力を示せばいいよ・・・とメキシコ人も続く。

alex_23_002怒っていたベトナム人の男の子は、びっくりしたように、「そんな風に考えたことはなかった」 とつぶやき、みんなが彼を勇気づけるのをしっかりと聞きはじめた。
その場にいる人たちは、一生懸命、彼がいかに会社で特別に扱われているかを語りだし、そして、「やっぱりその髪の色は、この週末だけ楽しんで、月曜からはクールに黒髪でキメろよ」という流れで、みんな笑いながら「今のうちに写真とっておいてあげるよ」などと、凍りついた空気が温かく流れ出した。彼の一件は、この場にいるみんなのおかげで、いい終わり方をした。

今の私は、いろいろな荒波に揉まれて、もみくちゃになったおかげで、髪の色にこだわる若者心理には、残念ながらまったく理解できなくなってしまった。自分らしさを示すのは、そこじゃない。でも、その場にいる人たちと一緒に、今起きている課題に向き合い、健全なやり方で、あるべき方向に導いていくことは、今も昔も変わらずに、興味深いプロセス。ちょっとしたテコ(介入)の加減で、ぐいっと大きな方向性が変わるのを見ているのは、気持ちがいい。

そんな私は、近々、また飲食店をプロデュースする。今まで思っていた「こんな店は嫌だ。シンガポール飲食店のここが嫌だった。こうしたかった」という思いを形にしてみた。シンガポールで自分の手腕や感性が通用するのか、小さな賭けであり、マーケットリサーチでもある。オープンまで、あと1週間。 どうにも忙しくて、目が回りそうだ。この2週間は、保育園が休みの土日も仕事。臨時でベビーシッターを雇い、面倒を見てもらっている。子供にも申し訳ないが、あと1週間、開店前の山場はこの調子で乗り切らせていただく。

大人になって気づいたことですが、新しいことを始める前のお祭り感覚は、癖になる。こうやったらうまくいくのではないか?と自分の仮説を試す前に、上司の説得に労力をかける(または、やりたくないことをやらされて、精神的に吸い尽くされる)より、マーケットで自分の考えを直接試して、お客様の反応を見ることのほうが、性に合っているのかもしれない。

毎日、少しずつワクワクしている。前の会社を辞めて、本当によかった。

それでは皆様、また来月お目にかかりましょう。

 

ブログ執筆者執筆者:Alex

旧『シンガポール日記』を執筆。仕事運だけは悪かったシンガポール生活も5年目。30代後半で「食」への関心が高い自分にようやく気づき、我に返ってシンガポール系の食産業に就職。5年目の本気(たぶん)。ピンとくる人を探し続け数年。今の社長に「あ、この人だ」と感じたことが、今までの職場と違うところ。ここで芽を出すつもりで邁進中。
これがなければ生きていけないもの:米、醤油、旦那、チリ(順不同)

 

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